2018年06月06日
伏見桃山周辺散策 ③寺田屋
京都伏見の寺田屋は、大阪と京都間の
通船「三十石船」の京側の発着地の
大きな船宿でした。
寺田屋は、薩摩藩の定宿であった関係
から、文久2年(1862)4月いわゆる
「寺田屋事件」が起こり、薩摩藩中心の
急進派九名が犠牲となりました。
また、慶応2年(1866)1月、薩摩藩の
紹介でここを定宿としていた坂本龍馬
が幕吏の襲撃を受けて、愛人お龍の
機転で助かったのもここでした。

通船「三十石船」の京側の発着地の
大きな船宿でした。
寺田屋は、薩摩藩の定宿であった関係
から、文久2年(1862)4月いわゆる
「寺田屋事件」が起こり、薩摩藩中心の
急進派九名が犠牲となりました。
また、慶応2年(1866)1月、薩摩藩の
紹介でここを定宿としていた坂本龍馬
が幕吏の襲撃を受けて、愛人お龍の
機転で助かったのもここでした。
Posted by 古道ウォーカー at 17:25│Comments(1)
この記事へのコメント
古道ウォーカーさん今日は、
七年程前に寺田屋に行きましたが、中には入りませんでした。昔は当然ながら船による物資輸送であったですね。
七年程前に寺田屋に行きましたが、中には入りませんでした。昔は当然ながら船による物資輸送であったですね。
Posted by kenn at 2018年06月07日 16:07